2018年05月18日

616.北向山不動院 ー鳥羽離宮跡E―

DSCN3815.JPG
(山門)

鳥羽天皇安樂寿院陵のすぐ南にあるのが、北向山(きたむきざん)不動院です。
北向不動の名で親しまれている、天台宗の独立寺院です。

大治5年(1130…白河法皇逝去の翌年)、病にかかった鳥羽天皇は、平癒の祈祷を自らが帰依している僧覚鑁(かくばん・諡号興教大師)に行わせたところ、不動明王が出現し回復した。
覚鑁は真言宗の僧で、空海以来の才と称されたお坊さんです。

その後、天皇は勅命により、覚鑁を開山として鳥羽離宮内にこの寺院を創建しました。
本堂に覚鑁自らが仏師康助に刻ませた不動明王(重要文化財)を、京都の王城警護のため北向きに安置したので、天皇から「北向山不動院」の名を賜りました。

久寿2年(1155)播磨国大国庄を寺領として藤原忠実が中興にあたりました。
応仁の乱の兵火などしばしば災害に遭いましたが、幸い本尊不動明王は難を免れました。
本尊は秘仏で、鳥羽天皇の誕生日1月16日のみ開帳されます。
その後、お寺は朝廷の保護が厚く、近世に至って復興しました。
DSCN3832.JPG
(本堂)
DSCN3819.JPG
(本堂)

現在の本堂は江戸時代の正徳2年(1712…赤穂浪士討ち入りの年)、霊元天皇の命により東山天皇の旧殿を移したものです。

写真は本堂の西北と北側からとったものですが、北向きのお堂です。
天気が良すぎて逆光になってしまい、残念ながら良い写真は撮れませんでした。

posted by なつめ at 18:46| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月11日

615.安楽寿院 ー鳥羽離宮跡D−

DSCN3864.JPG
(安楽寿院)

鳥羽離宮は、大きな池を囲んで南殿・北殿・泉殿・東殿・田中殿の順に、御殿とそれに付随する仏堂が造営されてゆきました。
安楽寿院は保延3(1137)年、鳥羽上皇の御願によって東殿に創建された仏堂(本尊阿弥陀三尊)です。
2年後の保延5年三重塔の落成供養が行われ、のちに本御塔と呼ばれるこの塔は上皇が寿陵(生前に造る墓)として造らせたものです。
現在の安楽寿院の本尊・阿弥陀如来像は本御塔の本尊だったと推定されています。

久安4(1148)年には、鳥羽法皇(康治元年・1142年落飾して法皇となる)の皇后美福門院のために別の三重塔が建てられ、新御塔と称しましたが、美福門院は遺言により高野山に葬られましたので、夭折したこの近衛天皇が葬られました。

その後、安楽寿院には他に九体阿弥陀堂、不動堂が相次いで建設されました。
不動堂に安置していた仏師康助作不動明王像は近くにある北向山不動院の坐像であると推定されています。

案楽寿院には多くの荘園が寄付され安楽寿院領(後に鳥羽上皇と美福門院の子、皇女八条院に譲られ八条院領と呼ばれた)となり、皇室(大覚寺統)の重要な経済的基盤となりました。
その後、2度の火災と、文禄5(1596)の慶長伏見地震に遭い、創建当初の仏堂や2基の三重塔(本御塔・新御塔)は失われてしまいました。
本御塔は慶長17(1612)年に仮堂が建てられたのち、幕末の元治元(1864)年瓦葺宝形造屋根の法華堂が再建され、鳥羽天皇安楽寿院陵として宮内庁が管理しております。
DSCN3809.JPG
(法華堂・鳥羽天皇安楽寿院陵)

DSCN3844.JPG
(本御塔)

DSCN3843.JPG
(説明板)

お寺と鳥羽天皇陵の間に「本御塔」の額があるコンクリートのお堂があります。
フェンスに囲まれ近づけませんが、本尊安楽寿院阿弥陀如来坐像の説明板がありますので、中に安置されているようです。

DSCN3862.JPG
(新御塔・近衛天皇安楽寿院南陵)

一方、新御塔は 慶長11(1606)年豊臣秀頼により再建されたもので、近衛天皇安楽寿院南陵として、ここも宮内庁が管理しています。
DSCN3841.JPG
(大師堂)

境内には、大師堂のほか、本尊阿弥陀如来像をお祀りしてあった「阿弥陀堂」、火災封じの「三宝荒神社」の建物があります。
慶長伏見大地震で新御塔が倒壊したとき、急遽材料を調達し仮のお堂を建て仏像を収容し、新御塔が秀頼により再建されてから、その材料を使って現在地に移され、弘法大師像を本尊としてお祀りしているのが大師堂です。
DSCN3850.JPG
(三如来石仏)

境内西側には石仏があります。
江戸時代中期、隣の泉殿の仏堂「成菩提院」跡から掘り出された3基のうちの2基で、向かって右側が「釈迦三尊」、左側が「薬師三尊」です。
平安後期の作で、風化が進んでいますが、昔は削って水で練り子供の体に塗ると、とくさが治るという信仰があったため傷みが激しいらしいです。
なお、一番保存状況の良い「阿弥陀三尊」は、京都国立博物館に預け、屋外展示されています。
DSCN3887.JPG
(五輪塔)

少し離れていますが「鳥羽天皇陵」の北側に、重要文化財の五輪塔(鎌倉時代)があります。
こんなところにと思うような場所です。


現在の安樂寿院は、6つあった子院のうち前松院で寺籍を継いでいるもので、建物は近世のものですが、鳥羽離宮の御殿と付随する仏堂のうちで唯一現存するものです。
幕末には鳥羽・伏見の戦いの薩長軍の本営になりました。

posted by なつめ at 11:58| Comment(0) | お店 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月04日

614.城南宮@ ー鳥羽離宮跡C−


DSCN3973.JPG
(城南宮鳥居)


DSCN3974.JPG
(鳥居の三光のご神門)

城南宮は、京都市南部の観光名所として、また方除の大社として知られています。
本殿に向かってある城南宮鳥居、扁額がありません。
島木には三韓征伐の船上にかざした旗に描かれた、太陽・月・星の「三光の御神紋」の金具が取り付けられています。
DSCN3982.JPG
(前殿)

前殿・本殿とも改修工事中でしたが、先の火曜日、出かけると前殿はやっと姿を見せてくれました。

創紀由緒については諸説あり、はっきりしませんが、この地にあった秦氏の氏神「真幡寸(まはたき)神社」に、神功皇后が三韓征伐の時に船上に立てた旗に神功皇后・八千才神(大国主神)の神霊を添えて奉斎したのに始まり、平安遷都の際、国立常尊(くにたちとこのみこと…日本書紀で天地開闢の時あらゆる神に先立って現れた神様)が併祀され、城(平安京)の南にあることから城南神と呼ばれたともいわれています。

また、かつてこの地にあった城南寺の鎮守社であるとも推測されています。
城南寺では平安中期ごろから当寺の祭礼があったようで、祈雨の祈願がおこなわれ、また祭礼の日には競馬や流鏑馬が盛大におこなわれていたようです。
鳥羽離宮が造営されると、寺や神社はその域内となり、離宮の鎮守社となりました。

ブログ「鳥羽離宮跡」の復元イメージ図では中央の島、史跡配置図では半島のようになった場所です。
ここでは流鏑馬や競馬は離宮の年中行事として引継がれ、白河上皇が南殿造営してから4年後の寛治4年(1090)を鳥羽殿馬場で行われた競馬に御幸されことが「中右記」に記せられています。
文献に出てくる初めての地なので、流鏑馬の発祥の地と言われています。

なお、「馬場殿」については、城南宮境内のため、発掘調査があまり進んでいないため、明確な遺構は見つかっていないようです。

鎌倉時代、後鳥羽上皇が馬場殿で行う流鏑馬を名目に武士を集め、赤い旗を10名の武将に授けたのが、官軍の「錦の御旗、始まりと言われています。
城南宮はその承久の乱が鎮圧された後、鳥羽離宮とともに衰退してしまいました。

その後、江戸時代に入って復興し、文久元年(1861)皇女和宮が第14代将軍徳川家茂に嫁ぐ際、方徐・道中の安全を祈願、文久3年(1863)には孝明天皇が石清水八幡宮御幸の途中参拝しています。

幕末には、鳥羽伏見の戦いの舞台となり、城南宮の参道にも薩長軍の大砲が並ぶ戦場となりました。
明治10年には、式内真幡寸(まはたき)神社として認定され社名を改めましたが、昭和27年再び城南宮にと称するようになりました。
真幡寸神は平安京遷都以前からこの地に勢力を張っていた秦氏の氏神と考えら、現在東鳥居の傍に摂社として祀られています。
「城南宮」と再び呼ばれるようになったのは、比較的最近で、本殿初め建物は、平安時代の様式ですが、古いものではありません。
DSCN4026.JPG
(東鳥居の扁額)

DSCN3960.JPG
(西鳥居扁額)

東西方向に延びる参道入り口の鳥居には「城南離宮」の扁額がかかっています。
江戸時代は、「城南離宮」と呼ばれていたのだと思います。
東鳥居は有栖川宮幟仁親王、西は関白九条直忠の揮毫です。
皇女和宮と14代将軍徳川家茂の婚礼のあった文久元年(1861)鳥居が建てられました。
東の鳥居は、司馬遼太郎の「菜の花の沖」に出てくる兵庫の回船問屋北風家の寄贈です。
DSCN4032.JPG
(文化財特別公開立札)

DSCN3967.JPG
(説明板)

このゴールデンウィークは京都の各所で、普段非公開の文化財が特別公開されています。
今年は明治維新150年にあたり、ゆかりの社寺や史跡が多数公開されました。
城南宮では、前回のブログで書いた「鳥羽・伏見の戦い」に関するものが中心です。
この付近の参道に薩長軍の大砲4門が置かれたそうですが、いろいろな文献ではアームストロングと記せられていますが、移動しやすい軽量の山砲だったようです。

posted by なつめ at 14:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする